「一緒に舞台に立てる機会」はとても貴重なものだと知った
アメリカのディズニーで働いていた頃…その時に一緒に舞台に立った朋友と一年越しに一緒に仕事をします。
嬉しくなったので、その彼女との出会いとアメリカでの思い出話。
ディズニー従業員用のタレントショーに一緒に出演した友人
年に2回行われる、ディズニー従業員だけが出演できるタレントショーに出演したことがあります。場所もディズニーリゾート敷地内の「HOUSE of blues」という、音楽関係者の間では名の知れたライブハウスを使って、3分半もパフォーマンスさせてもらいました。
出演は、同期の女性と二人での出演になりました。
一人だと寂しい…と言うとなんだか頼りないのですが、一緒に舞台を作り上げテクれつ”心強い仲間”を本当に必要としていました。
その友人…初対面でわかるほどの”舞台人”オーラ
一緒に舞台に出てくれた同期は、地元で南京玉簾やチンドンをやっていました。
初対面でわかるほど、”人前に出てきていた経験のある人”オーラがありました。とても気さくで、明るくて、そういったところも”舞台の人”と言う印象でした。
出演の話を持ちかけると即答でOKをくれました。それだけでもすごいのに、しかも彼女は”舞台経験あり”&”着物着慣れている”という特技も持ち合わせていました。彼女には舞踊と南京玉簾をやってもらい、私は演奏に回りました。
演目の内容についての話し合いも、合同練習も、何もかも順調に進みました。
結果は受賞はなりませんでしたが、100組以上のパフォーマーからファイナリストの23組に選ばれました。
結局なんだかんだでその後もスゲー仲良かった
彼女とはアメリカにいる間、また一緒に舞台を踏むことができました。それは、会社のクリスマスパーティーでした。
タレントショーの時のような衣装もなく、演出もなく、衣装は私はドレスで彼女はタッツケ袴というチグハグな組み合わせでしたが、楽しく”余興”をさせてもらいました。
その後、仕事も任期満了を迎え、それぞれ帰国しました。帰国後何度か一緒に遊んだりもしましたが、彼女とはもう一緒に仕事、いえ舞台を踏むことはないのかもしれないな…と思っていました。
案外すぐに共演の機会ができた!
そう思っていたのですが、2016年の10月に、ひょんな形でまた一緒に仕事ができることになりました。それも私の地元で、です。
半ば私が無理に持ちかけた話でしたので、当然ギャラも交通費で消えてしまうほどなのですが、彼女は快諾してくれました。
私の三味線という楽器のパフォーマンスを考えた時、やはり一人ということや、大きな動きが出来ないということもあり、動きが制限されるなと感じることがあります。そんな時に、彼女のように動いてくれる同志がいるのはとても心強く、助けられました。
私があとどれだけ舞台に立てるかは分かりません。どんな仕事がいつ来るかもわかりませんし、仕事が来ないかもしれない。そんな中、彼女との舞台を”日本”で踏める日がこんなに早く来るとは思ってもみませんでした。
一ヶ月後の再会が楽しみです。