誰に何の才能があるのかは分からない、博打だ。
大阪でお世話になっていたお師匠さんは、とても口数の少ない男性の先生だった。
打ち上げなどで乾杯の音頭を振られても、そっけない挨拶で最後に
「じゃあ、乾杯。」
と言って、誰よりも先にビールの入ったグラスを空にした。
その様子を見て
「もうちょっとあの先生も挨拶が上手ならねえ〜。」
と話している人もいた。
私は「口数の多い先生なんて先生じゃない。それはそれで、ちょっと怖い。」と思っていた。
たまにお師匠さん宅の家でテレビを一緒に見たこともあったけれど、何も話さなかった。
帰郷した折、行きつけのうどん屋の大将が持たせてくれた美味しいうどんを師匠に作って出した時も
「うまい。」
とだけ言って、後は何も話さなかった。
そんなお師匠さんから言われたことで一番印象に残っている言葉がある。
それは
「お前、もしかしたらゴルフの才能があるんじゃないか?」
という一言だった。
お師匠さんの目線の先には、テレビ。快進撃を飛ばしていた宮里藍選手が映っていた。
「なあ、お前ももしかしたら藍ちゃんみたいにゴルフで稼いでいたかもしれないぞ?!」
と続けていった。
滅多に笑わない師匠が、笑っている。
ちなみに私はゴルフの経験が、ない。
師匠とゴルフの話をしたことも、ない。
スポーツの話ですら、ない。
それなのに、何故、ゴルフの才能があると師匠は思ったのだろう?しかも、一言ならまだしも、二言も続けて私に言ったのだろう?
遠回しに
「お前は三味線は向いていないからヤメロ。」
という意味だったのかもしれないが、真意のほどはもう分からない。
大阪のお師匠さんは、その一言から6年後に他界された。
お師匠さんの一言から10年経った。
私はフロリダのオーランドで人生初のゴルフコースにいた。
地元の奥様に誘われ、ゴルフの打ちっ放しに行っていた。
丁寧な指導のもと、私が打ったボールはフロリダの青い青い空に、蝉の鳴き声と一緒に吸い込まれていった。
すぐ後で奥様方の歓声が飛んだ。
この話だけで、「私にはゴルフの才能があるんだ!」というそんな単純な話ではない。
私はそれからゴルフクラブは握っていない。
私は今三味線を演奏したり教えたりする立場にいる。
それでも自分に三味線の才能があったかどうかは疑わしい。
才能なんてなかったし、もちろん今も無いように思う。
それでも何かの縁があってか知らないが、気づけば20年近く三味線を続けている。
三味線の才能がある人がいても、その人は三味線をやっていないかも知れない。
私にはもしかしたらカーリングの才能もあるのかもしれないが、今後やることはないだろう。
自分が今やっていることと、自分に向いていることは違っている可能性もある。別問題だ。
これが乾杯の音頭も完璧にこなす師匠の一言なら、ただの冗談としてもうすでに記憶の彼方だっただろう。
口数の少ない師匠だったからこそ、ボンヤリとあの何気ない一言を、今になって何度も思い出すのだ。
★師匠との思い出②
★師匠との思い出③